研究内容

スプライシング暗号とは

1.mRNA前駆体のスプライシング


スプライシングは、真核生物の「メッセンジャーRNA(mRNA)前駆体」がRNAポリメラーゼIIによる転写の後に受ける転写後プロセシングのひとつです。

真核生物の多くの遺伝子では、タンパク質をコードする領域がゲノムDNA上に分断されて存在しています。転写後のmRNA前駆体から「イントロン」と呼ばれる非コード領域を除去して「エクソン」と呼ばれるコード領域同士を連結する反応がmRNA前駆体のスプライシングです。
ひとつのタンパク質遺伝子座は、ヒトでは平均して約10個のエクソンから成っています。ヒトのエクソンの平均長は145塩基であるのに対し、イントロンの平均長は3,300塩基超で、一般にmRNA前駆体のほとんどの部分はイントロンとして切り出され、「成熟mRNA」になるのはごく一部ということになります。スプライシングは遺伝子領域全体の転写が完了してから起こるのではなく、細胞核の核質で転写と共役し並行して行われます。


2.スプライシング反応


個々のスプライシング反応では、2段階の連続するエステル交換反応によってひとつのイントロンが除去されます。

第1段階では、イントロンの「ブランチ(分枝)部位」と呼ばれる特異的なヌクレオチド(主にアデニン)の2’位の水酸基がイントロンの5’末端にあたる「5’スプライス部位」を攻撃してRNAの糖-リン酸骨格を切断し、切断されたイントロンの5’末端が(アデニン)ヌクレオチドの2’位の水酸基と共有結合を形成して、ループ構造が作られます。

第2段階では、解放された上流のエクソンの3’末端の3’位の水酸基がイントロンの3’末端に当たる「3’スプライス部位」を攻撃して2つのエクソンが連結し、投げ縄構造をしたイントロンが切り出されます。


3.イントロンの種類とコンセンサス配列


酵母や線虫のすべてのイントロン、および哺乳類、ショウジョウバエ、植物のほとんどのイントロンの塩基配列は、GU(一部はGC)で始まりAGで終わっており、「メジャーイントロン」あるいは「U2型イントロン」と呼ばれます.哺乳類、ショウジョウバエおよび植物では、一部の遺伝子にAUで始まりACで終わる「マイナーイントロン」、「U12型イントロン」あるいは「ATACイントロン」と呼ばれるイントロンが存在し、ヒトではイントロン全体の約0.1%を占めています。

5’スプライス部位、3’スプライス部位および分枝部位の塩基配列には、イントロン間でよく保存された「コンセンサス配列」が存在します。

ヒトのメジャーイントロンでは、5’および3’スプライス部位のコンセンサス配列はそれぞれAG/GURAGUおよびYAG/G(/はエクソンとイントロンの境界、太字は高度に保存された2塩基を示し、Rはプリン(AまたはG)、Yはピリミジン(CまたはU)を意味する)です。また、分枝部位は通常3’スプライス部位の21~34塩基上流にあり、コンセンサス配列はYUNAY(太字はブランチ部位を示し、Nはどの塩基でもよいことを示す)です。ブランチ部位の4~24塩基下流にはピリミジンが連続する領域が存在し、「poly pyrimidine tract(PPT)」と呼ばれています。

スプライシングに関わる部位のコンセンサス配列はこのように比較的短く、また高等生物ではかなり緩いものであるため、スプライス部位の正確な認識のためにはmRNA前駆体上の他の配列要素「シスエレメント」が深く関与することになります。


4.選択的スプライシング

選択的スプライシングの分類


通常のエクソンは、すべての成熟mRNAに含まれるよう「構成的に」スプライシングを受けます。一方、エクソンの中には2とおり以上の異なるパターンでスプライシングされるものも多数あり、「選択的スプライシング」と呼ばれています。

選択的スプライシングにより、ひとつの遺伝子から塩基配列の異なる複数種類の成熟mRNAが生成されることとなり、その結果、アミノ酸配列が一部あるいは大きく異なる複数種類のタンパク質が生成されます。したがって、他の分子との相互作用、酵素活性、細胞内局在などの性質が異なるタンパク質を、ひとつの遺伝子から選択的スプライシングによって作り分けることが可能となります。また、安定性の異なるmRNAを生成することにより遺伝子の発現量が制御される例もあります。

選択的スプライシングは、「カセットエクソン型」、「選択的5’スプライス部位型」、「選択的3’スプライス部位型」、「相互排他的エクソン型」、「イントロン保持型」の5類型に分類されます。スプライシング制御以外にも、転写開始点の違いによる複数の第1エクソンが使い分けられたり、「選択的ポリA付加」によって最終エクソンが使い分けられたりします。実際の遺伝子では、ひとつのエクソンやイントロンでこれらの型が重複して起こることでより複雑なスプライシングパターンがみられることがあります。

ひとつの遺伝子の中でこのような選択的プロセシングを受けるエクソンが複数組み合わされることで、多様な成熟mRNAが生成されることになります。最も極端な例として知られるのはショウジョウバエの細胞接着分子をコードするDscam遺伝子で、4組の相互排他的エクソンの組み合わせにより、理論上38,016とおりのmRNA、タンパク質が生成されます。

ヒトでは複数のエクソンを持ちスプライシングを受ける遺伝子のうち92~94%が選択的スプライシングを受けて複数種類のmRNAを生成し、線虫でも25%以上の遺伝子が複数種類のmRNAを生成すると見積もられています。これらの選択的スプライシングの多くは組織・細胞特異的、あるいは発生段階依存的に制御されています。

このように、選択的スプライシングは真核生物のタンパク質の多様性の創出に大きく貢献するとても重要な遺伝子発現制御機構です。

                                     

5.スプライシング制御のシスエレメントと制御因子

スプライシング制御のシスエレメント


スプライス部位のコンセンサス配列以外にエクソンやスプライス部位の認識に影響を与えるmRNA前駆体上の塩基配列「シスエレメント」が多数見出されており、エクソンの包含に対して正にはたらくものも負にはたらくものもあります。

シスエレメントは、その位置や機能に応じて「エクソン性スプライシングエンハンサ(ESE)」あるいは「イントロン性スプライシングエンハンサ(ISE)」、「エクソン性スプライシングサイレンサ(ESS)」あるいは「イントロン性スプライシングサイレンサ(ISS)」と呼ばれます。一般的にこれらも短く多様化した塩基配列で、構成的スプライシングにも選択的スプライシングにも関与します。

シスエレメントには、それぞれさまざまな「制御因子」が結合して機能します。

ESEに結合してエクソンの包含を促進する制御因子としてSRタンパク質群がよく解析されています.また、ESSやISSに結合してスプライシングを抑制する主な制御因子はhnRNP群です。これらの因子は、構成的スプライシングにも選択的スプライシングにも関与します。

組織特異的な選択的スプライシングの制御因子としては、組織特異的に発現する、進化的に保存された制御因子群が同定されています。このような制御因子では、エクソンの包含を促進したり抑制したりと、標的エクソンごとにはたらきが異なるものがあります。また、選択的スプライシングのみでなく選択的ポリA付加の制御に関わる例も報告されています。


6.トランススプライシング


線虫、プラナリアやトリパノソーマなど一部の真核生物では、「spliced leader(SL)」と呼ばれる特定の塩基配列が「トランススプライシング」によってmRNAの第1エクソンの5’側に付加されており、多くの遺伝子の成熟mRNAが共通のSL配列を5’末端に持っています。トランススプライシングの際に切り出されるmRNA前駆体の転写開始点から3’スプライス部位までは、イントロンと同様に成熟mRNAから排除されることから、「アウトロンoutron」とも呼ばれます。

線虫Caenorhabditis elegansでは、約70%の遺伝子がトランススプライシングを受けて22塩基のSL配列が付加されています。2種類あるSL配列のうち、単シストロン性の遺伝子やひとつの転写単位から複数の成熟mRNAが生成する「オペロン」の最上流の遺伝子ではSL1が付加され、オペロンの下流側から生成するmRNAには主にSL2が付加されます。C. elegansでは、17%以上の遺伝子がオペロンに含まれています。


7.スプライシング異常に起因する疾患


ヒトのさまざまな遺伝病がmRNA前駆体のスプライシング異常によって引き起こされており、遺伝病全体の15~60%程度を占めると見積もられています。

たとえば、スプライス部位のコンセンサス配列の変異により、周辺のよりコンセンサス配列に似た部位が使われたり、エクソンがスキップされたりすることで、フレームシフトやアミノ酸配列の欠失などが生じます。また、エクソン中のESEが消失したりESSが生じたりする変異により、アミノ酸配列に影響がない場合でも、エクソンがスキップされやすくなることがあります。逆に、イントロン中にあり潜在的なスプライス部位を持ちながらエクソンとして認識されない「偽エクソン」にコンセンサス配列やESEが生じることで偽エクソンが包含される例もあります。

このようなmRNA前駆体のスプライシングの異常はタンパク質の機能の低下や完全な欠損を招くことから、遺伝子機能の低下や欠損によって起こるさまざま遺伝病は、スプライシング異常によっても引き起こされることになります。


8.スプライシング暗号


さまざまな遺伝子の組織・細胞特異的な選択的スプライシングパターンは、さまざまなシスエレメントや制御因子のほか、クロマチン修飾や転写の速度の影響など、正や負のさまざまな要素が複合して決定されると考えられます。しかし、スプライシング制御に関わる配列や因子が多様性に富むことから、mRNA前駆体のスプライシング制御機構の完全な解明には至っておらず、「スプライシング暗号」と呼ばれています。

さまざまな生物のゲノム情報が解読され、ヒトの個人のゲノムにも予想以上の多型性、多様性があることが明らかになってきています。しかし、ゲノムの塩基配列の多型や変異が遺伝子発現に及ぼす影響を正確に予測するのが難しいのが現状です。

私たちの研究室では、mRNA前駆体のスプライシング制御にかかわるシスエレメントや制御因子、その他の未知の要素など、すなわちスプライシング暗号を、モデル生物を用いて実験的に解明しようとしています。